高校神奈川NO528 2006.5.19
「教育基本法案」成立阻止!!
「教育基本法調査会の設置に関する請願」緊急署名にとりくもう

 「教育基本法案」が4月28日に閣議決定、国会に上程されました。現在衆議院に設置された「教育基本法特別委員会」による審議が始まっています。このような状況のなか、わたしたちは広く世論に訴えるとともに、法案成立阻止にむけた運動を展開しなければなりません。神高教は神教組とともに、教育基本法問題対策本部を設置し、波状的に県内各地で街頭宣伝・署名行動などにとりくんでいます。また日教組本部も国会前座り込み行動、議員要請行動、緊急集会などのとりくみを展開しています。

社会的合意の形成を
 今回の緊急署名については「調査会」という名称から憲法調査会をイメージし、「改正」への先駆けとなるとの懸念もあるかもしれません。しかし教育基本法は、準憲法的性格を有するとの判例はあるものの一般の法律です。「改正」法案が国会上程された現在、与党大多数の国会情勢では、可決・成立される公算は非常に高いといえます。教育基本法を変える必要はないという社会的な合意形成をするために、より多くの市民の力を結集していくとともに、国会動向に対応した緊急のとりくみもきわめて重要です。

多くの人が中身を知らない
 05年3月に日本PTA全国協議会が公表した保護者の意識調査では、教育基本法の本文や、その内容についての質問に対し、「内容はよく知らない」が88.8%でした。また「03年3月の中央教育審議会答申の内容について」では、「見直しが行なわれている事は知っているが内容は知らない」が47.6%、「見直しが行なわれていることも知らない」が41.0%?となっています。さらに「教育基本法の改正について」の質問には、「答申をふまえさらに議論したうえで改正したほうがよい」が26.0%、「答申をふまえさらに議論したうえで改正すべきか考える」が47.6%となっています。
 また06年3月のNHK調査では、「教育基本法を改正すべきだと答えた人に改正案の成立時期についてどう考えるか」質問したところ、「今の国会に提出して早く成立させるべきだ」が21%、「今の国会での成立にはこだわらず、時間をかけて議論すべきだ」が76%でした。多くの人が「知らない」「議論すべき」との立場にたっています。

公開の場での議論を
 衆参両院に法案提出権能を有しない「教育基本法調査会」を設置して、これまで政府・政権与党が教育基本法の理念を実現するための努力を十分行ってきたかどうかを検証すること、改正の是非に焦点化することなく、日本国憲法、子どもの権利条約や国際人権規約などと照らし合わせて、公開の場で議論することなどは、これらの世論に応えることになります。与党による密室での協議にもとづく合意をもって、「教育基本法案」を国会に提出したことは、政権与党の傲慢です。
 わたしたちは、署名活動などを通して、広く市民のみなさんによびかけ、党内事情により成立を急ぐ与党に対して、あらためて慎重かつ徹底的に検証・審議するための「調査会」設置を強く求めていかなければなりません。
 今こそ「教育基本法案」成立阻止のために神高教組合員一人ひとりが署名行動をはじめとする諸行動に積極的にとりくんでいきましょう。



「教育基本法案」 ここが問題!
憲法と教育基本法の分断〜改憲への地ならし
前文では「日本国憲法の理念にのっとり」や憲法の前提である「民主的で文化的な国家」「個人の尊厳」などは記述されたが、「真理と平和を希求」「普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造」が削除され、「真理と正義を希求」「公共の精神の尊重」「伝統の継承、新しい文化の創造」「その振興を図る」などが追加された。
 また、現行法にある「…この(日本国憲法の)理想の実現は、根本において教育の力にまつべき…」も削除され、憲法と密接な関係にあり準憲法的性格をもつ教育基本法との分断が行われようとしている。このことは改憲への地ならしと見ることもできる。

国家戦略としての公教育への転換〜「勝ち組」育成の手段へ
第1条(教育の目的)では「人格の完成を目指し」と記述しながらも「必要な資質を備えた…国民の育成」と定め、その「必要な資質」の具体的な内容は、第2条に(教育の目標)として次のような目標を達成することが教育に求められている。
@知識と教養、真理、ゆたかな情操と道徳心
A個人の価値、創造性、自主的精神、職業・勤労の重視、
B正義と責任、自他の敬愛と協力、公共の精神、
C生命の尊重、自然・環境の保全、
D伝統と文化の尊重、国と郷土への愛、他国を尊重、国際平和
 すなわち「人格の完成」から「人材の育成」へと公教育のあり方を根本的に変え、グローバル化した大競争時代を勝ち抜くための国家戦略の手段として公教育を位置づけている。そして、教育に市場原理・競争主義を持ち込んだ結果分断される個人を、「公共の精神」や「我が国と郷土を愛する」ことで国家の枠組みで統合しようとする「国家のための教育」へ大きく転換している。また「伝統と文化の尊重」「我が国と郷土を愛する」「公共の精神」など個人の内心にかかわる事項を法律で規定することは、憲法が保障する思想・良心の自由に抵触する。

共生・共学、教育の機会均等が保障されない〜消えた男女共学
第4条(教育の機会均等)第1項に「ひとしく」は記述されたが、第2条(教育の目標)第2項で「個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし」、第5条(義務教育)第2項で、「個人の能力を伸ばし」と個人の能力の伸長を強く打ち出している。
 また、第4条第2項では、障害児への教育支援について「障害の状態に応じ」とあり、「特別支援教育」よりも後退している。このことは「特殊教育」につながる規定であり、国際的な流れであるインクルーシヴ教育からも逆行する。また現行法の第5条の男女共学規定については削除されている。

学校・家庭・地域への役割と責任の義務づけ〜教員は国民にではなく国家に責任を持つ?
現行法第6条第2項、第10条では、「学校の教員は全体の奉仕者」であり「教育は国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきもの」として、教育が国民のために行われることを規定している。しかし、政府案の第9条(教員)や第16条(教育行政)からは「全体の奉仕者」「国民全体に対する直接責任」が削除され、「自己の崇高な使命を深く自覚し」などの文言からも、教員は国家のために責任・使命をもつことが求められると読みとれる。
 第10条(家庭教育)では「父母その他の保護者」に「子の教育について第一義的責任を有する」として「生活のために必要な習慣を身に付けさせる」「自立心を育成」「心身の調和のとれた発達をはかる」など家庭教育の内容までも具体的に示している。これは家庭のあり方に行政が踏み込むことになりかねない。
 第13条では、学校、家庭及び地域住民等に「教育におけるそれぞれの役割と責任を自覚するとともに、相互の連携及び協力に努める」と、国家政策に従った教育を行うよう責任を義務づけるような内容となっている。学校のみならず家庭・地域に「公共の精神」「伝統と文化の尊重」「我が国と郷土を愛する態度を養う」ことを求めるなど市民生活全般にわたって行政の関与が強化されるおそれがある。

教育の主体性や自律性が奪われる政治主導の教育振興基本計画策定〜強まる行政の介入と支配
現行法は、教育の独立性を定め、教育への不当な支配を戒めている。
 しかし、第18条に政府や地方公共団体による教育振興に関する基本計画や施策の策定が明記された。教育政策の定立が立法府による法律制定から行政府による計画策定に移行し、官僚による裁量の余地が大きくなる。その結果、立法府の統制が及ばない教育政策の範囲が拡大し、民主的統制がこれまで以上に困難になる。教育予算のより重点的な配分と目標管理によるより効率的な支配がすすめられ、教育の成果を測定・評価することを通じて教育実践に対する行政の介入と支配がいっそう強まることになる。

教育基本法案は、文部科学省ホームページ http://www.mext.go.jp で全文閲覧できます。

3月31日神高教退職記念パーティー
ながいあいだごくろうさま

 退職される組合員の方々への感謝の気持ちをこめて、今年も3月31日に「神高教退職者記念パーティー」を行いました。
 2005年度末に退職される組合員の方は116人。そのうち70人の方に参加していただくことができました。今後の抱負や学校・分会の思い出、神高教への思いをうかがいながら、和やかな雰囲気のなか、なごりを惜しみながら散会となりました。
ごくろうさまでした
楽しい学校をつくります 中野和巳
 6年の在任期間は、日本社会、国際社会が大きく転換していく時期に重なりました。「9/11」以降のアフガニスタン・イラク戦争、自衛隊の海外派兵から憲法・教育基本法改悪につながる流れは、世界や日本の有り様を根本から変革していこうとする「悪辣な意志」に支えられています。こうした勢力に対抗するためにどういう運動を構築していくべきか、頭を悩ませましたが、結局身体を使う運動しか捻り出せなかったのは能力の無さというほかありません。それにしても日比谷野音にはいったい何十回行ったことか。
 また、神奈川の高校現場の有り様も大きく変化していく時期に当たり、その意味で神高教の役員として自らの果たす責任を絶えず考えざるを得なかった時期でもありました。充分な仕事ができたとはいえませんが、多くの方々に支えられて任期を終えることができたことに心より感謝します。
 仕事柄、すべての分会、職員室を複数回訪ねることができ、自分の経験した職場以外の雰囲気を知ることができ大変貴重な経験をしました。また、学校司書専門委員会の担当だったこともあり、県立高校の図書館のほとんどを訪問する機会を得たことも学校司書の抱える課題の解決を図っていく上で大きな財産になりました。
 4月から神工定時制に勤務することになり、定時制対策会議等で論議されていた課題に自ら向き合うことになりました。この間の公私定員枠の矛盾を一手に引き受けることになっている定時制ですが、担当している1年のクラスには43人が在籍しています。さまざまな支援を必要としている生徒たちです。「この現実をどうしてくれる」と、まずは「本部役員」に直訴したいものです。今後は神高教の一組合員として、生徒にとっても教職員にとっても楽しい学校をつくるために汗をかきたいと思っています。

世代交代で、「民主化」の進化を 神野伸
 あの有名な伊勢神宮は、20年に一回建て替えるそうです。それは、祖父母の代、父母の代、子供の3世代で建てることによって建築技術を伝承し進化させるためだそうです。まさしく、祖父母の代から父母の代へのバトンタッチです。「もったいない」「費用がかかる」などの声もありそうですが、技術の伝承には代えられないのでしょう。
 6年ぶりの学校に復帰しました。本部は龍宮城とは程遠かったものの、浦島太郎状態です。土曜日が休み、机上のパソコン、人事評価システム。でも、分掌(グループ)毎の座席は驚きました。先日の分会総会では、「校長のリーダーシップ」の名を借りた一方的な学校運営のために、教職員が指摘していた問題が明るみでていることが討論されました。
 役員在任中は、先輩の長年の苦労によって創ってきた「民主化」が崩れていくことに危機と絶望を訴える中央委員会や分代での発言に心苦しく感じました。「民主化」の苦労を実感させない本部答弁に対する、苛立ちの声とも感じました。でも、プラス志向にしか考えられない私は「民主化」の伝承のいい機会とも考えます。伊勢神宮のように、放置して壊れていくのを待つのではなく、運動の中心のバトンタッチ=世代交代よって「民主化」を伝承・進化することが必要であり、「民主化」を遺物とさせないためにも必要だともいました。
 本部役員として6年間、いろいろな人と出会い、いろいろな人と語ることができ、とても幸せに思っています。私は、地方公務員法で許されている専従の年数は十分残っていましたし、執行委員で最年少でしたし、やる気は十分ありましたのであと一期2年お役に立ちたいと思っていました。しかし、自分を上回る意欲、能力を持っている人に譲ることとなりました。組合員のみなさんには6年間支えて頂き、本当にありがとうございました。また、養護専門委員会にはお世話になりました。ずっと忘れません。

仲間がいるから。仲間がいたから。 堀尾吉晴
 2年間の執行部生活でしたが、組合員のみなさんには本当にお世話になりました。分会オルグの際にかけられる「大変だよね」、「体壊さないようにね」という言葉にどれほど元気づけられたか。それに対して、どこまでできたかは心もとない限りで・・・。
 賃金・職制度・手当てなどの生活面、総括教諭・企画会議などの学校体制の面、シラバス、観点別評価などの教育面、どこをとってもいい情勢にない。組合員一人一人が、組合がなければもっとひどいことになるであろうことは判っていても「組合員である」ことに誇りとメリットを感じているのだろうかとの思いがいつもありました。
 「共闘」を担当すると、神高教がいかに多くの組織と友好関係にあり、多くの運動に手を染めていて、さまざまな団体から信頼されているかを如実に感じられます。争議労組の署名がいろいろ回りますが、解雇や賃金不払いなどの争議を行っているところは会社という大きな「象」に立ち向かう小さな「蟻」のようなものです。不安を抱えて闘っています。自分たちの闘争を支持し、支援してくれている人や組織が多くあるのだと実感できると闘志も沸きます。フィリピントヨタの支援のためにILO総会中のスイスに行きました。国連ビルとILOビルの往復で、宿はスイスの労組の役員宅にホームステイ。約束もなく乗り込んできた遠いフィリピンの小さい労組のためにヨーロッパの労組が真剣に取り組んでくれます。「連帯」という言葉を実感します。
 組合員であることは仲間であることです。腹蔵なく本音で話せますし、意見の違いもぶつけ合えます。「連帯」できる仲間がいることこそ組合の存在する理由と思います。
 多忙さの中で、他者を顧みる余裕が失われている気がします。少数職種、非正規雇用の方々の課題を組合員全体の課題として共有することが「連帯」の基本でありたいと思います。
 時間の中では勝ち取れたもの、守れたもの、失うもの、さまざまが交錯します。でも失いたくないものは「仲間」です。「そこに仲間がいるから」楽しく働き、ともに戦える。分会の仲間、神高教の仲間、共闘の仲間と繋がっていきたいと思います。
 どこにいても組合員ですし、仕事は教員です。今後もよろしくお願いします。


よろしくお願いします
再び「オールド・ルーキー」として 園部 守
 昨年2月、採用されて初めて担任をもった学年の同窓会が開かれました。あのあどけなかった、彼ら、彼女らもすでに40歳をすぎていました。名乗られてもはじめは思い出せなかった面々が、4半世紀前の話に興じるうちに当時の風貌に戻ってくる様を楽しみながら時間が経過していきました。
 Aがそばにやってきたのは、2次会の席のことです。彼女は2年生のときに担任した生徒で、記憶によれば、口数は多い方ではなかったものの、いつもニコニコしていて、暗さの影など見せることなど全くない生徒でした。しばらく思い出話にふけった後で、彼女は「先生、実はあのころ私大変だったんです」と突然話し始めました。聞けば当時、父親の事業が失敗し、家屋敷ばかりでなく、机や学用品、教科書まで債権者に差し押さえられてしまい呆然自失の状況にあった、とのこと。精神的にも不安定になり学校へ来るのもやっとのことだったというのです。そのころの私は20代、年輩者の多かった学校では、少しばかりお腹が出てきたとはいえ、授業に部活にと生徒にそれなりに信頼を得られているとの自負も持っていました。しかし、その話を聞きながら、彼女のそうした状況に気づかなかった、気づこうとするアンテナさえ持たなかった当時の自分が、なんと至らなかったのだろうとつくづく感じました。気づいたからといって、何かできたわけでもないけれど、せめて話を聞くぐらいはできたはずだ。四半世紀たって話してくれることならば、さぞかし当時も話したかったのではないか。誰かに話したくても誰にも話せない、葛藤や不安をさらけ出す場もなく、苦しい日々を送らせたのではないか。
 4年前に現場に戻り、やんちゃだけど楽しい生徒たちと、信頼できるすばらしい仲間たちに支えられて、今年3月には私にとって2度目の、そして結果的に最後となった卒業生を送ることができました。
 「格差社会」、「勝ち組・負け組」などの言葉が飛び交っています。その裏側で、Aのような厳しい状況を抱える生徒たちが急増しているのを目の当たりにした4年間でした。この社会を少しでも生徒たちに生きやすい社会とするため、そして何よりも教職員が安心して生徒と向かい合うことのできる教育現場を支えるため微力ですが力を尽くしたいと思っています。再び「オールド・ルーキー」として。

組織を力に 佐々木克巳
 今年度四月より新たに執行委員となった佐々木です。
 神奈川県の高校教育の状況は大きく変化しつつあります。四月からは総括教諭という新たな職が導入され、各校で企画会議が発足しました。こうした状況の中でも、これまでの神高教の作り上げてきた職場民主化の運動を後退させることなく、これからも維持発展させてゆくことが大切です。企画会議が導入され職員会議が形骸化されるようなことがあってはならないと思います。組合員が学校運営に責任を持つと言う観点からも積極的に発言し、「主張すべきことは主張する」と言う姿勢が重要です。こういう日々の実践が学校の雰囲気を少しずつ変え、働きやすく風通しのよい職場状況を作り出してゆくのだと思います。
 今年は九十五名の新採用者が学校に配属となりました。毎年百五十名程度の教員が退職していく状況では新採用者の組織化が急務となってきています。組合にとっては、組織率と組織人員が大きな力になります。県教委に一定の影響力を保持できているのはその力が背景にあるからです。しかし、組合運動にとって本部役員の果たす役割は大きくありません。一人一人の組合員の活動が組合運動を支えていると言って過言ではありません。例えば九十五名の新採用者にとっては、八名の本部役員よりも各分会の分会役員の影響力の方がはるかに大きいものです。各分会での組合員の日頃の活動や発言などが、新採用者の組合に対する信頼感を高め、それが組合加入へとつながるものだと思います。
 是非一人一人の組合員の積極的な働きかけで新採用者をはじめ多くの教職員の加入が進むことを期待しています。そのために本部役員としても最大限の努力をしたいと思います。

地域からの視点も持った運動を 西原宣明
 みなさんこんにちは。この4月から神高教の執行委員となりました西原宣明(にしはらのぶあき)です。02年4月からこの3月までの4年間、日教組中央執行委員を務め、平和運動、組織拡大、教育基本法、教育改革、全国教研などを担当してきました。これからは、神高教で平和運動・青年委員会などを担当します。どうぞよろしくお願いします。
 非専従で組合業務についておりますので、勤務場所は4年ぶりの学校現場となります。賃金、超勤・多忙化、教職員の健康、新たな学校運営組織など学校現場のさまざまな課題が、4年前以上に山積していることを痛感しています。「息苦しくなってきている。」「生徒と向かい合っているときだけが充実している。」という組合員のみなさんの声も聞きます。しかし、厳しい状況にあるときこそ、組織のあたたかさが身にしみます。今こそしっかりと築きあげられてきた神高教の組織の力で、組合員どうしのつながりを大切にしながら、乗り切っていきましょう。私たち神高教ならばできるはずです。
 4月からの私の勤務校は自宅から徒歩15分のところにあります(ちなみに組合本部までは50分ですが)。「地域にねざした教育改革」「地域コミュニティの拠点としての学校」を掲げて、この3月まで運動を提起してきましたが、これからは地域住民としての視点も持ちながら、神奈川で、勤務校で、しっかりとりくんでいこうと決意を新たにしています。
 また教育基本法については大変緊迫している状況ですが、私たちは今こそ現場からしっかりと運動をつくっていかなければなりません。正念場です。私自身は言うまでもなく微力ですが、多くの組合員のみなさんの力を結集して、今後とも憲法・教育基本法・子どもの権利条約を生かした現場からの教育改革をすすめていきましょう。


シリーズ「共生への道」bP  外国につながる子どもたち
 ちょっと前まで、在日外国人といえば、韓国・朝鮮人を中心とした旧植民地出身者を指していました。1975年以降、最初のベトナム難民が日本に流れ着き、1979年インドシナ難民受け入れが開始され、1981年には日本は難民条約を批准しました。1980年代の中頃から、はじめは女性そして後には男性の外国人出稼ぎ労働者の流入が始まりました。フィリピン、タイ、イラン、韓国、バングラディシュ、パキスタンなどからたくさんの人たちが仕事を求めてやってくるようになりました。1990年の「出入国管理および難民認定法」改定を経て、ペルーやブラジルなどのラテンアメリカからの日系人移住労働者がやってくるようになりました。またこのころから、民主化運動への弾圧を背景にビルマや中国から日本へ庇護を求めてやってくる人たちが現れ始めました。また90年代は海外からの研修生も積極的な受け入れが始まりました。また中国残留邦人の帰国も始まりその呼び寄せ家族が日本にやってくるようになりました。最初は「出稼ぎ」と見られ、一時的な現象と見られていた外国人労働者も年を経るにしたがって、当事者たちの当初の思惑(いずれは祖国に帰りたい)にかかわらず、また日本政府の思惑(外国人労働者受け入れ拒否)にも反して、定住化が急速に進んでいきました。難民申請者はその後もパキスタン、クルド、アフガニスタン、中国(法輪功)などの国からの来日が2000年代になっても続いています。そして、少子化が語られる中で、新たな枠組みでの海外からの労働者の受け入れが開始されようとしています。これらの経過を見ると、海外からの人の移住は一時の社会現象ではなく、恒常的なものだという事がわかります。
 やってくるのは単なる労働力ではありません。泣き、笑い、夢を見、ご飯を食べ、病気になり、恋をし、結婚をし、子どもを生み、そして私たちの教室にも子どもたちが今後もやってくるでしょう。
 彼・彼女らをなんて呼んだらいいのでしょう。在日という言葉はと在日韓国・朝鮮人を指す言葉のショートカットとして使われてきました。移民という言葉はかつて日本から海外に出ていた人たちを連想させ新たな現象を指す言葉には違和感を感じる人が多いようです。オールドカマー、ニューカマーという言葉が使われるようになりました。関東ではなじみがうすいですが、関西ではニューカマーとほぼ同義の言葉として新渡日という言葉を在日コリアン以外の外国人に当てて表現しています。外国人出稼ぎ労働者の支援をしている人たちは、外国人労働者といったり、滞日外国人と読んだり、最近では移住労働者という言葉を使っています。
 それぞれ現象のどこに関心を持つかによって呼び名にも差が出てきます。長い間在日コリアンの運動になじんできた人には、オールドカマー・ニューカマーとか新渡日という「二分法」のカテゴライズがなじみやすいようです。しかし私は外国人労働者の支援からこの問題に入ったので新参者一括扱いされているようで、この表現は少々耳障りに感じます。帰国した中国残留邦人や、難民問題に関心を持つ人たちは、それぞれの当事者と仕事を求めてやってくる労働者と同等に扱われるのは不愉快に感じるようです。また、日本にやってくる人たちの政治的・宗教的な背景も様々です。社会主義を標榜する国から脱出してきた人もいれば、資本主義にしゃぶりつくされた国から脱出した人もいます。内戦や、中東の戦争を背景にやってきた人たちもいます。・・・私たちが関心を持つ多くの異なる文化的背景を持つ日本の中のマイノリティーたちをひっくるめて呼ぶ呼び名も、共通の政治的・宗教的背景もないのです!・・・
 神高教の教研小委、「『民族差別と人権』問題小委員会」と「滞日外国人の子どもたちの教育を考える小委員会」は、時間をかけて昨年合流し、「在日外国人教育小委員会」としました。ここでの意識は在日韓国・朝鮮人のショートカットとしての「在日」という言葉はもう存在していません。しかし・・・私たちが関心を寄せているのは、「在日外国人」でもくくれません。国際結婚によって生まれてくる子どもたちや、帰国した中国残留邦人や、帰化した在日コリアンは在日外国人でさえありません。「外国につながる子どもたち」は単純な二分法では分類できず、多様な背景を持ち、「ひとくくり」に扱われることを拒否しているようにも見えます。しかし共通点はぼんやり見えてきます。日本にやってくる背景には、内戦があり、戦争があり、植民地支配があり、迫害があり、そして貧困が存在します。そして何よりも、この日本の中でマイノリティーとして日本社会の差別と排外主義にさらされています。 
 さて、高校神奈川のこの紙面を借りてリレーエッセイ「共生への道」をスタートとさせることになりました。始めは在日小委のメンバーが書き進めますが、「外国につながる子どもたち」と出会った方が、またリレーのバトンをつないでいってくれるとうれしいです。 (大和西分会)


日教組青年部  問題を共有し、ともにとりくもう!
2006春闘・組織強化拡大全国交流会に参加して
 2月10日(金)から12日(日)、横浜で全国交流会が行われ、私は11日の分散会,12日の全体会に参加しました。
 分散会では全国各地の単組から,校種や職種を越え10人余りのグループをつくり、朝から夕方までじっくりと討議を行いました。始めからテーマは設定せず、各自が現状を話しながら会を進行することで、共通の課題を認識したり、それぞれが抱える課題を共有し合っていきました。正直、長すぎると思えるほどの時間をかけ、とりとめもなく話を続けたようにも思えましたが、同時に、この頃の職場の状況では、このように仕事をともにする仲間たちと、話しを重ねていくという余裕が時間的にも、精神的にもなくなってきているのではないかと感じました。そして改めて、職場内外における仲間たちとの交流の重要性を再認識しました。
 率直に考えを伝え合える環境づくりにとりくみ、様々な状況の人々の問題を共有化し、ともに問題に取り組んでいくという、組織における基本的なことを、多忙化にかまけて埋没させないという意思の大切さを実感した交流会でした。これから神奈川の高校でも新採用者が増えていく今、組織の意義を見つめ直すことは重要だと思います。 (弥栄西分会)


06神奈川中央メーデー  「祭りは祭り」で、いいかぁ 
 4月29日、5月になるまえのメーデーが今年も臨港パークで開催されました。「労働者の祭り」のうちの「祭り」の方が強調された連合メーデーですが、祭りは祭りとして楽しい方がいい!今年も大抽選会あり、神高教独自抽選会あり、周りでは酒盛りやバーベキューをやる労組もあり、の楽しいメーデーになりました。
 アトラクションのテツ&トモが大人気で、メーデーのアトラクションには珍しく、ステージ前がびっしりの人で、参加した私の子どもも大喜びでした。神高教独自抽選会の1等はiPodシャッフルで、生田分会の佐藤広栄さんの手に渡りました。終了を待っていたかのように雨が降りだし、天候に恵まれたメーデーでした。 (執行委員  飯川 賢)


湘南支部レクリエーション  食べた!55個の苺、そして温泉
  今年度の湘南支部レクは、伊豆・修善寺の老舗,新井旅館への日帰りツアーをメインとし、江間の農園での苺狩りを添えるという豪華企画!5分会39人の参加をいただき、大盛況となりました。
 2月21日午前8時半に平塚を出発、10時半に江間苺狩りセンターに到着。食べごろの真っ赤な苺がたわわに実るハウスの中で、30分間食べ放題。一同が限界まで挑戦する中、最高記録は55個でした。
 次はいよいよ本日のメイン、新井旅館。文化財指定の見事な明治洋風建築に歓声があがりました。天平風呂・露天風呂での日頃の疲れを癒し、懐石風の美味しい昼食をゆっくりいただいたあとは、修善寺の街を散策する人あり、再度入浴を楽しむ人あり、思い思いに温泉街の休日を過ごしました。
 来年度も大勢の御参加をお待ちしています。 (湘南台分会)

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