高総検レポート No 54

2001年9月27日発行

シリーズ 総合学習 その2(下)

平和学習をどう組み立てるか?

1.具体的な教育内容例

 平和教育(学習)の具体的内容例をタテのカリキュラムにクロスさせて整理すると、裏面の表のようになる。なお総合学習としてカリキュラムをつくる場合には,これらの中からテーマになるべき課題を取り上げ、教科外活動とも連携を図りながら、かつこの表をもとにして各教科・科目との役割分担や重複の整理を行う。

2.平和教育(学習)と学校の体制

 a.卒業式や入学式での「日の丸」掲揚や「君が代」斉唱は、生徒たちに平和学習との間に矛盾を感じさせ、教育の不統一性を示すことになる。元号の強制的使用においても同様である。世界に開かれた中で行われなくてはならない学習活動が、国内的にしか使用されない記年法を使用して良いはずがない。また、外国籍生徒の生年月日を元号によって記録してはばからない鈍感さは教育にあってはならないはずである。民主的な論議を維持し,校内における「天皇制」の残滓を払拭・克服していかなければならない。日本国憲法と教育基本法の原理に基づく教育を行うことが、公教育に求められているのである。ことに生徒の権利侵害については、あくまでも教育的に対処すべきである。また、さまざまな矛盾・不合理を感じながら、あえて言挙げせず、長いものには巻かれ、祟る神には触らぬようにし、自己の主体性と責務を放棄する「内なる天皇制」も取り除かねばならない。
 b.日米戦争協力ガイドライン改訂や自衛隊の海外派兵によって、「教え子を再び戦場に送らない」というスローガンはにわかに現実性を帯びてきた。就職難のおりから、進路指導にも留意が必要である。また、中学校の「職業・勤労体験」の行事の中で、その体験先に陸上自衛隊を選んだ学校が1年間で402校に上り、中には「戦車に乗り込み、機関銃に手で触った」(毎日新聞、2001年7月23日)ような体験もあったと言う。ボランティア活動が「勤労奉仕」に強制的にすりかえられていこうとしていることにも注意が必要である。
 c.平和教育には教科・教科外を問わず、教育課程全体を通じ、全職員で当たる体制が求められる。そのため学内外での教職員のための学習会や講演会の開催・参加など、自主的な研修の機会が保障されるようにする。
 d.体罰という名の教職員による暴力等の不法行為、生徒の対教職員暴力、生徒同士の暴力やいじめなどを学校から根絶する全校的態勢づくりと取り組みが、平和教育(学習)の土台になければならない。管理主義・取締り的生徒指導を克服して、生徒の心を開かせる姿勢を教職員がとることが求められる。この点に関しては竹内常一が「日常生活の暴力化に抗して、他者とのあいだに平和的な日常生活を構築することを重要課題」(竹内常一「『総合学習』と教育基本法」、竹内常一・全生研編『総合学習と学校づくり』青木書店、2001年、所収)とする「政治教育としての普通教育」の提案をしている。

3.「政治教育としての普通教育」

 彼は、経済のグローバリズムと情報資本主義のニセの全体性に照準を合わせた総合的な学習の時間の「国際化」や「情報化」に対して、平和と人権と民主主義、持続可能な開発という真の全体性に照準を合わせた総合学習を対置し、日本国憲法や教育基本法に則った平和と人権と民主主義の実現を追求する市民・国民を教育することを目的とするよう提言している。それが「政治教育としての普通教育」である。それは、教育基本法の第1条の「教育の目的」を(1)男女共学(第5条)、(2)政治的教養の教育(第8条)、(3)宗教教育(第9条)の各条項に結びつけて、さらに深く理解することを求めている。すなわち、
(1)女性差別問題、ジェンダー問題、家父長制と性別分業を基本とする近代家族の問題、家族を基礎単位としてきた近代の国民国家の問題、女性と男性のあいだに偏在している支配的な関係、暴力的な関係((2)と関連)
(2)政治教育を現実の政治的な問題にかぎるのではなく、日常生活の暴力化ともいってよいミクロ・ポリティックスの問題にまで拡大し、日常生活の暴力化という状況の中におかれている子どもたちを「暴力的なもの」が渦巻く「自然状態」としてとらえ、他者と世界から切り離されて孤立する子どもたちに、「人格を相互に承認し、相互に尊敬するような公共の世界をつくりだす「政治」、契約と法のもとに平和的な社会をつくりだしていく『政治』を発明すること」(竹内、前掲書)を課題にする。そしてそのミクロ・ポリティックスの平和からマクロ・ポリティックスの平和の課題へとつなげていくこと。
(3)「宗教教育」とのかかわりを重視し、加害としての「戦争の罪と責任」という問題を検討する。
 以上が、「政治教育としての普通教育」の骨格であり、また今日忘れられがちな共通基礎教養の教育である。私たちが原点に立ち返って、各学校の教育内容を精選しなければならないだろう。

*また、同氏の『教育を変える・暴力を越えて平和の地平へ』(桜井書店、2000年)は、さらに詳細にこの問題が論じられている。また、「暴力についてのセビリア声明」(1989年11月16日、ユネスコ第25回総会)は、暴力一般だけでなく平和教育の不可欠の教材と言われている。



平和学習の具体的内容の例


                自 然 科 学 系                       

[1] 原子力とは何か (1)エネルギーの歴史 (2)原子の構造 (3)原始の質量数と同位体 (4)放射能の発見 (5)放射能の種類 (6)元素の寿命と半減期 (7)物が燃えるとなぜエネルギーが出るか   (8)核分裂と核融合 (9)連鎖反応の発見
[2]「原爆瓦」を教材とする「原爆炸裂時の火球表面温度の推定」や「爆心高度の測定」等
[3]核爆発と地球環境生物・化学兵器と通常兵器の科学と技術
[4]科学・技術の発達と科学者・技術者の倫理

                社 会 科 学 系                        

[1]近・現代の世界史――さまざまな戦争の本質を把握する (1)フランス革命による人間の自由・平等思想の波及 (2)ブルジョワを主権者とする議会政治の発展 (3)国民国家の形成と戦争 (4)産業革命と資本主義の確立 (5)列強による世界分割 (6)労働運動と社会主義 (7)帝国主義書列強の形成と植民地再分割競争による戦争 (8)アジア・アフリカ等の民族自立運動 (9)社会主義革命と社会主義国の成立 (10)国際連合の形成と冷戦体制 (11)後発の近代国家日本の特質と戦争
[2]日本の近・現代史の加害の歴史と戦争責任 (1)南京大虐殺、731部隊、重慶無差別爆撃等中国大陸侵略 (2)朝鮮・台湾の植民地支配、従軍慰安婦、強制連行・労働 (3)マレー半島やシンガポールでの華僑虐殺 (4)ベトナムでの大量餓死 (5)戦争責任
[3]沖縄戦と沖縄の近世・近代・現代史
[4]広島・長崎への原爆投下 (1)原爆の原理 (2)マンハッタン計画 (3)広島とナガサキの惨劇 (4)被爆者は今も苦しむ
[5]核軍拡競争 (1)水爆の原理 (2)核の拡散 (3)世界の核兵器と米ロの核戦略 (4)ミサイルの開発競争と防衛戦略 (5)日本の非核三原則とアメリカのアジア戦略 (6)国連集団安全保障体制
[6]死の商人・武器輸出国と輸入国
[7]生物・化学兵器・「眠らない無差別殺人兵器」地雷の製造・使用禁止と撤去
[8]思想 (1)戦争はなぜおこるか? (2)「国を守る」とはいったい何を守ることか? (3)ファシズムとヴァイツゼッカー演説(戦争と和解) (4)B・C級戦犯・兵士の責任(加藤哲太郎『私は貝になりたい』春秋社1994年)、ハンナ・アーレント『イェルサレムのアイヒマン』1963年 (5)愛国心と差別的民族観、右翼思想と「自由主義史観」、植民地:台湾・朝鮮の皇軍将兵たちの悲劇 (6)日の丸掲揚と君が代斉唱の役割
[9]日本国憲法の平和主義と自衛隊 (1)第9条の成立と天皇の免責 (2)自衛隊をめぐる憲法論争 (3)日米安全保障条約と米軍基地の存在 (4)アメリカの戦争への加担(朝鮮戦争・ベトナム戦争・湾岸戦争)と日米戦争協力指針の改訂
[10]民主政治のすすめ方 地球的規模での生産と分配国際連合の改革と世界平和・軍事同盟の解消・軍縮と核廃絶に向かって

                こ と ば 学 系                       

《日本語》[1]文学作品を鑑賞する(読書感想文・感想を語る) (1)井伏鱒二「黒い雨」、原民喜「夏の花」、大田洋子「屍の町」、井上光晴「明日」等 (2)峠三吉「人間をかえせ」、栗原貞子「ヒロシマというとき」、正田篠江「さんげ」、(3)被爆体験記・吉川清「『原爆一号』といわれて」、福田須磨子「われなお生きてあり」、調来助・吉澤康雄著「医師の証言・長崎原爆体験」、(4)ルポ:朴壽南「もうひとつのヒロシマ」等
[2]平和の表現―詩・評論等の創作 [3]自己の考えや思いを話したり書いたりして表現すること。外国人生徒への日本語学習保障
《非母語》(1)英語以外にアジアなどの言語を加える。 外国人生徒に母語学習を保障 (2)英語教材による平和学習 (3)非母語で平和宣言文を書く。 (4)米軍情報の収集・調査

                 芸 術 系                          

 平和(戦争)をテーマとして制作された作品の鑑賞とその制作の背景を探る。丸木位里・とし「ひろしまのピカ」「原爆の図」、ピカソ「ゲルニカ」、儀間比呂志「りゅう子の白い旗」、ハンス・ヴィルヘルム「トラップ一家物語」、絵画記録「テレジン強制収容所」等(音楽、書道、工芸などにおいても同様の試みが可能)
 平和を表現した作品制作(美術・音楽・書道・工芸・文芸等)

         こ こ ろ と か ら だ の 健 康 学                 

[1]放射線の生物・人体への影響 (1)放射線の単位 (2)放射線の生物への影響 (3)放射線障害 (4)放射線許容量の考え方 (5)身の回りの放射線 (6)食物連鎖と生物濃縮 (7)体内被曝と異常出産 (8)世界の被曝者たち(核実験被害者・人体実験被害者・原発事故被害者・湾岸戦争後遺症兵士等)(9)核実験・核艦船海洋投棄・原発の広がる放射能汚染 (10)遺伝子への影響 (11)増大するガンの発生と低量被曝 (12)放射線と医療
[2]戦争のもたらす心の障害

          ワ ー ク ・ ア ン ド ・ ラ イ フ 系                

[1]技術思想と技術(政治・経済の論理と科学の応用)・平和産業と軍需産業
[2] 兵器製造と技術の「発達」
[3]コンピュータ―の発達とハイテク技術と現代の戦争体系
[4] 戦争と生活 (1)日本の戦時中の生活 (2)現代世界の紛争地域の生活

                 教 科 外 活 動                        

[1]研修旅行[修学旅行] (1)広島[平和祈念公園・原爆資料館・記念館・本川小学校資料館/大久野島毒ガス資料館等]見学、被爆者による講演、碑めぐり、被爆した樹木を訪ねる、被爆建物を訪ねる (2)長崎[平和公園・爆心地公園・長崎原爆資料館・浦上天主堂・如己堂等]見学、被爆者による講演、碑めぐり、被爆した樹木を訪ねる、被爆した建物を訪ねる (3)沖縄[沖縄県平和祈念資料館・平和の礎・魂魄の塔・ガマ・ひめゆり平和祈念資料館・ヌチドゥタカラの家・南風原文化センター・嘉手納基地等]見学、沖縄戦体験者による講演
[2]身近な戦争を掘り起こすツアー (1)神奈川県内の米軍基地・厚木基地の夜間離発着訓練の騒音体験・米軍機墜落記念平和の母子像・登戸研究所など (2)東京大空襲・横浜崎空襲の跡地 (3)第五福竜丸資料館・平和博物館等
[3]生徒会:平和に関するテーマを生徒会が取り上げて、講演会や展示等を開催、学年の修学旅行委員が資料展示や、ビデオ上映を行う。
[4]学年行事 (1)学年だより等資料を作る。 (2)映画(ビデオ)観賞会・感想文[「予言」、「人間をかえせ」、「黒い雨」、「原爆の子」、「「第五福竜丸」、「コルチャック先生」、「シンドラーのリスト」、「ピカドン」、「明日」等」 (3)修学旅行事後学習としてのレポートと文集作成
[5]自治活動の活性化:学級・学年・生徒会・部活動の民主的な運営、民主的議事進行法を学ぶ[「民主主義の訓練」]
[6]図書館の平和(原爆)コーナー設置、「戦争と平和のブックリスト」等作成、広島・沖縄等の新聞を取り寄せて、スクラップを作る。
[7]部活動による平和学習・活動:社会科学研究部、平和クラブ、部落研究部、原爆研究部、放送部等[広島]
[8]個別の高校生の共同学習と活動。