高総検レポート No 15

1992年7月14日発行

小学区・総合選抜をめざして

―山梨の場合―

高総検  学区・入選グループ

(山梨県高等学校普通科学区図 省略)

1.なぜ、山梨か?

 91年4月、山梨県教育長は記者会見でこう語った。『学校にランクがつけられた神奈川県では先生にまでランク意識が広がっている。そうした点がないだけ、小学区・総合選抜制度は評価されるべきだ』と。山梨県は全国的に学区の拡大、入選の多様化による入選競争の激化が進んでいる中で、その流れに抗している数少ない県の一つである。その山梨県も91年に選抜方式見直しの攻撃を受けた。その最初の段階で教育長によるこの発言がなされたのである。われわれ神奈川県の教育に携わる者はこの言葉になんといって反論したらよいのであろうか?とくに教育行政の担当者は同じ仕事に携わる者から与えられたこの評価に対し何と答えるのであろうか?

2.山梨県の入選方式は?

 現在、山梨県内の普通高校は20校であるが、その内12校が小学区、8校が総合選抜制をとっている。概して甲府盆地周辺の人口の少ない地域が小学区制をとっており、盆地内の甲府市、山梨市周辺の人口の多い地域が2〜5校の総合選抜制をとっている。

総合選抜学区
甲府学区 甲府一高、 甲府西高、 甲府南高、 甲府東高、 昭和高校
小笠原学区 巨摩高、 白根高
東山梨学区 日川高、 山梨高、 塩山高
吉田学区 吉田高、 富士河口湖高

小  学  区
上野原高、都留高、桂高、石和高、市川高、身延高、韮崎高、峡北高

 小学区についてはいうまでもないが、総合選抜学区においても一切、学校選択は排除されている。県立高校普通科を志望するかぎり受験生は『○○高校』選ぶのではない、受験生は県立高校の普通科を選ぶのである。
 また、普通科と職業科の比率は概ね60:40である。さらに、私立高校は全県高校生の25.13%をしめているが、県外からの入学者が多いため、県内中卒者だけでみるならば、私立高校の占める比率は17.37%である。
 こうした入試体制のもとで、山梨県は高校進学率96〜97%を維持している。一方、神奈川県は91%の進学率にとどまり、しかも県外に多くの高校生を送り出している。そして県外への流出生徒の中には山梨県の私立高校への進学者を含むのである。なぜ、91%から踏み出すことができないのであろうか?なぜ、多くの高校生をわざわざ山梨県までおくらなければならないのであろうか?

3.小学区・総合選抜制度への歩み

1968年 甲府一高と甲府南高の間で総合選抜方式が導入される。
1975年 甲府西高 (旧甲府二高) が総合選抜方式に加わる。
  以後甲府学区では新設高校 (甲府東、 昭和) を総合選抜に加える。
1977年 吉田学区に富士河口湖高新設、既設吉田高との総合選抜方式導入。
1984年 小笠原学区に白根高新設、 既設巨摩高との総合選抜方式導入。
1989年 東山梨学区の塩山高に普通科新設、 既設日川高、 山梨高と3高間総合選抜方式導入。

 山梨県の県庁所在地である甲府市周辺の人ロがしだいに増加し、また高校進学率が上昇するとともに、甲府学区に新設普通高校として甲府南高校がつくられた。しかし、既設の甲府一高、二高との学校間格差が拡大し、その解決策が問題となった。そこで、女子高化していた二高を除く甲府一高と南高の問での総合選抜方式が68年に導入された。さらに75年には新築移転し、共学高校となった二高(西高)が総合選抜に加わり、甲府学区3校がすべて総合選抜の方式をとることとなった。その後、この学区では新設高校ができるごとに、総合選抜を拡大し、現在は5校による総合選抜がおこなわれるに到っている。
 さらに吉田、小笠原学区でも、新設高校ができるごとに総合選抜方式をとり、既設高校と新設高校間の学校間格差を抑えてきた。そして最後に89年に東山梨学区で普通科が新設された塩山高校と既設の日川、山梨の3校間の総合選抜方式がとられ、他の小学区校とあわせ山梨県は全県にわたって小学区・総合選抜方式を実現することになった。

小学区方式
一学区に一高校を配置し、学区内の中学校からは県立高校合格者は全員同じ高校に進学する。
総合選抜方式
県立高校を受験する生徒は特定の高校を選択するのではなく、合格者を通学路、男女比等を考慮しつつ成績を均等にならして学区内の高校に配分する方式。
(山梨県の総合選抜方式の場合は通学路は配慮せずに行われたため、問題が生じた)
いくつかの高校が合同で選抜をするという見方からは、『合同選抜』という呼び方もできる。現在、神奈川でも弥栄東・西高校では『合同選抜』方式がとられている。
単独選抜方式
現在、神奈川県の大部分でとられている方式であるが、特定の学校を受検生が選び、受験し、各高校ごとに合否を判定する。

4.小学区・総合選抜制度への攻撃

 91年の知事選後、小学区・総合選抜への攻撃が激しくなった。『選択の自由がない』『競争が少なくなり、生徒が勉強しなくなる』『(学校間格差がなくなったかわりに生まれた)校内格差はいいのか』『個性や愛校心が育たない』などの論点を取上げ、名門校OBを中心に小学区・総合選抜方式見直しへの動きが活発になった。こうした攻撃に対し、高教組は総合選抜堅持の立場で論陣を張った。また、後期中等教育問題協議会の中でも総合選抜維持を主張する委員が大勢を占め、結局両論併記のかたちで協議会答申は出されたが、現行方式が結局維持されることになった。
 こうした動きの中で注目されるのが、中学も含め教育現場の大部分が小学区・総合選抜方式維持でまとまっていたことである。協議会のなかでも教育関係の委員のほとんどは現行制度維持の側に回った。結局、協議会内部でも入選制度『改革』を主張したのは主として産業界出身の委員つまり、直接教育に関わっていない委員に限られたのであった。彼ら『改革』を主張する委員からすれば、教育現場の姿勢は消極的、あるいは保守的に見えたかもしれない。しかし、教育現場の視点から見るかぎり、小学区・総合選抜の持つ利点はあきらかだったのである。そして冒頭に引用した教育長の発言もこうした状況を反映して生まれたのである。

5.小学区・総合選抜制度により何を得たか?

 小学区・総合選抜方式導入により学校間格差は解消された。その結果、どの高校からも同程度に大学進学が可能になった。大学進学を云々することは、本来の高校教育という観点からすれば疑問ののこるところかも知れないが、現在の高校の置かれている状況からすれば、どの高校に入っても『大学進学が可能である』ということはきわめて大きな意味をもっていると言える。神奈川でもほとんどの普通高校は大学進学が可能なようにカリキュラムを組み、進学に向けて生徒を励ましている。しかし、ほとんど100%の生徒が大学に進学する高校がある一方で、多くの高校では生徒の大部分が大学への進学に未練を残しつつ、その高校に入学した時点ですでに『俺たちが大学に入れるわけがない』と言って絶望している状況をわれわれは知っている。どの生徒も高校に入学したあと『がんばって勉強をして大学に進学しよう』と思うことのできる状況をつくることが大切ではないのか?
 山梨県の高校進学率は97.2%と全国2位をしめている。中学浪人もほとんど出ていない。この高い進学率を確保しながら、高校における中退率は1.8%と全国平均2.2%を大きく下回っている。しかも、高校における非行の発生は全国でもっとも低い。高校進学率を上げたから、高校の勉強について行けない生徒が増え、その結果中退者と高校における問題行動が増える、という考え方は明らかに訂正されなければならない。
 神奈川では『百校計画』のもと、次々に新設高校がつくられた。その過程で新設高校の多くは次々に輪切りの下位に位置づけられ、ほぼ設置順に学校のランクが定められるという結果に終わっている。ランクを少しでも上げるために、大学進学にいかに力を入れているかを宣伝し、都合のよい資料だけ並べてみたり、あるいは制服をかえてみたり、様々なおよそ教育の本質とは関係のない努力を、多くの高校は強いられてきた。その同じ時期に山梨県では新設校ができるごとに総合選抜制度を導入し、学校間格差をつくらないように努力してきた。県の規模が違うとはいえどちらが賢明なやり方だったのであろうか?
 たしかに総合選抜方式をとることにより、県立普通科に限るならば進学のための競争はなくなる。それにより生徒の『学力』は低下する、と総合選抜方式『改革』を唱える人々は主張する。だが、少しでも上のランクの高校を受験するために競争することが生徒の成長になる、と彼らは信じているのだろうか?むしろ高校入試の圧力から解放されることにより、中学における教育はゆとりあるものとなり、いわゆる『落ちこぼれ』『非行』は減少するのではないか?事実、山梨県は中学における非行の発生率も下位から3番目である。
 また、ある人々は総合選抜により『個性や愛校心が育たなくなる』と主張するが、個性は多様な生徒の中でこそ育つものである。そして愛校心はその学校に希望が持ててこそ育つものである。いま神奈川の高校の中でどれだけ『個性や愛校心』が育っているか、山梨で『改革』を唱える人々にぜひ見に来ていただきたい。

6.残された問題

 完全な入試選抜制度はかんたんには存在しない。山梨の小学区・総合選抜方式も当然、様々な問題をかかえている。だからこそ『改革』攻撃があったとも言える。そこで、最後にこの点をかんたんに報告しておく。
 総合選抜方式の結果、近くにある高校に入ることができず、遠距離通学を強いられる生徒が生じた。これは単純な学力均等方式をとった結果であるが、少なくとも甲府学区については地域を考慮しつつ学力均等を追求する方式に改めることにより、問題は解決された。だが、この遠距離通学問題を取り上げて総合選抜方式を攻撃する人たちには是非神奈川県の高校生の姿を見てほしい。近くの高校をいくつも横目で見ながら自宅から遠い高校をわざわざ『選択』し、通っている高校生の姿を。むしろ、総合選抜方式こそ遠距離通学を解決する方法ではないのか?
 また、学校間格差が解消されたかわりに、各校内での格差が拡大してしまった。これは『改革』攻撃の大きな拠り所とされたところであり、もっとも解決の困難な問題といってよいだろう。現在、山梨県内の全ての普通高校では、校内の学力格差に対応するために、習熟度別学級編成、進路別学級編成等の方法がとられている。もちろん、そのやり方には賛否両論があるであろう。山梨高教組のレポートには次のような言葉がのせられている。『(校内格差は)日常の教育実践でかなり克服できるものである。・・・しかし学校ごとに格差が出来てしまった場合、それは社会的な格差となり、一人の教師の情熱とか一つのすぐれた教育実践では到底克服することが困難な、大きな問題となって立ち現れてくる』。

7.終わりに

『課題集中校』『困難校』・・・どんな言葉で表現しようが、ランク付けされた高校の序列の最下位に位置する高校が存在することは確かである。そしてどんなに特色を出し競争しようが、現在の単独選抜方式をとるかぎり、どこかの高校が最下位に位置づけられることは確かである。進学にも就職にも希望が持てず、〇〇高校の生徒という姿を世間に示しながら通う高校生。一体彼らに高校教育は保障されているのであろうか?努力する気持ちを削がれた彼らに全ての責めを帰すのか?あるいは彼らを教育できない教師に責めを帰すのか?
 授業中発問されても、教室中のだれも答えることができない高校があるかと思えば、同じ発問に対しすべての生徒が答えてしまう高校もある。中学時代に生徒会の役員を経験した生徒など皆無に近い高校があるかと思えば、そんな生徒であふれている高校もある。部活動などほとんど消滅寸前という高校があるかと思えば、顧問の指導などなくても自分たちで活動している高校もある。こんな状況のもとで、どうやって生徒は正常に育つのか?競争によって生徒が育つと考える人々は、いまさら何を競争しろと言うのか?山梨でも競争により生徒を育てようと主張する人々の多くは産業界の人間であり、名門校のOBであった。彼らの大部分はおそらく中学時代優等生であったろう。彼らは『選択の自由』を持ち、『個性』豊かで『愛校心』を持っていただろう。だが、競争に敗れた生徒の痛み、またそうした生徒に日々接している教師の悩みを、彼らは結局理解することができなかったのではないだろうか? もはや個々の教師の努力でカバーできる段階ではない。制度が変わらないかぎり問題は解決には近づかない。多様な生徒が一緒に学び、生活し、刺激しあって成長する。そうした高校を実現する道をわれわれは探さなければならない。山梨県はわれわれにその道への入口を示してくれているのではないか?
 しかし、山国(といっては失礼かもしれないが)山梨では可能であっても、都市化の進んだ神奈川では無理ではないか、という指摘もあるだろう。そこで、われわれ高総検の学区・入選グループでも六期において、小学区・総合選抜の可能性について茅ヶ崎学区を取り上げ検討してみた。参考資料としてその一部をのせておく(神奈川の高校教育改革をめざして 第Y期高総検報告P.38〜42)。

 このレポートを作成するにあたって、資料を提供していただいた山梨県高等学校教職員組合、とくに年度末の忙しい時期に不勉強なわれわれの質問にもこころよく応じてくださった梨高教委員長に感謝いたします。また、山梨ではまたもや『選抜制度見直し』の攻撃がはじまっているとの報道を見、梨高教の健闘を祈ります。
 使用資料 梨高教情報 第1276号(特集号)
      梨高教情報 第1277号


茅ケ崎学区分割案

 本県の全日制普通科公立高校の学区は,9年前に16学区に分割されて以来,本年になぅてから県央学区,県北学区がともに二分割されて現在は18学区となった。18学区の中では比較的小さな中学区域が2地区ある。茅ヶ崎学区には5校,秦野・伊勢原学区には6校がある。
 私たちは,小学区・総合選抜を目指すものであるが,現行学区を前提とした2〜3校の総合選抜制が可能かどうか試算し問題の提起とする次第である。
 ここでは,現在県下の中で最も県立普通高校の少ない茅ヶ崎学区における総合選抜制度の可能性を試案として提出する。試算は89年度入学者数を基準としているが、生徒減少期を迎えつつある今日,総合選抜制の可能性はより高くなってくると考える。

(1) 前提

 以下で扱う生徒数は,89年度入学者数を各高校の要覧より作成した。

 茅ヶ崎学区内
 県立高校への進学状況 (資料5を参照)

(2)学区・選抜制度

 茅ケ崎学区は,寒川町と茅ケ崎市とからなっている。(資料6‐地図を参照)現在,学区内の通常手段としては,相模線・バスならびに自転車の利用がある。しかし,海岸沿岸の中学校から寒川高校・茅ケ崎北陵高校まで,また寒川町の旭が丘中学校から茅ヶ崎西浜高校まではかなりの通学距離である。5高校が,地理的に無理なく位置し小学区制が可能であれば最もよい。しかし,高校は小学区制を前提に設置されているわけではなく,茅ヶ崎高校と鶴嶺高校,寒川高校と茅ケ崎北陵高校とは比較的隣接している。また,中学校と高校との配置に偏りがあり,難しいところがあった。そこで,一部小学区制,一部総合(合同選抜)選抜を採用したい。なお,89年度の数字では男女比は考慮していない。

(3)試案

 西浜高校のみ1校とし,他は2校による合同選抜とする。中学校と高校との関係は交通事情を重視した。従って配分にあたって特に通学路を考慮する必要がある。
 89年度の定員の中には,学区外からの数も含まれている。試算ではその数は無視する。つまり、学区外からの入学はないとの前提にたっている。
 この試算は,89年度のもの,今後中学卒業生が減少してくれば、上記の数字は緩和されてくる。
 茅ケ崎高校+鶴嶺高校は,89年度は1120名の入学に対して,計算上では中学からは1143名進学してくる。89年度では,定員をオーバーする。公立普通高校進学者は,89年度に比較して91年度には約240名,92年度には約430名減少する。従って,茅ヶ崎高校+鶴嶺高校にて上記7中学からの進学は可能と考える。

ア.寒川高校(558名)+北陵高校(433名) 991名
寒川中 280名 } 908名
旭ケ丘中 190名
北陽中 140名
鶴が嶺中 174名
萩園中 124名
イ.茅ケ崎高校(558名)+鶴嶺高校(562名) 1120名
松浪中 110名 } 1143名
松林中 205名
浜須質中 200名
円蔵中 145名
梅田中 155名
鶴ケ台中 222名
赤羽根中 106名
ウ.西浜高校(564名) 564名
西浜中 106名 } 454名
中島中 123名
第一中 225名