高総検レポート No 8

1990年4月28日発行

「単位制の弾力的運用」に条件整備は不可避!

新学習指導要領・移行措置の問題点

教育課程グループ

 1994年度から学年進行で全面実施される新学習指導要領に先立ち,文部省は昨年の11月30日に学校教育法施行規則を改正し,特例を告示した。高校の場合,新学習指導要領カt学年進行で実施されるため,本来「移行措置」という形での先取りはおこなっていなかった。しかし,前回の改訂から「移行措置」の名のもとに,新学習指導要領を可能な限り先取りする方針をとっている。新学習指導要領は,戦後最悪の改訂と言われるように,政府・自民党による民主教育の破壊という意図が込められている。今回の「移行措置」は,事実上の新学習指導要領の実施を意味しており,臨教審路線を性急に浸透させようとする極めて不当なものと言えよう。
 「移行措置」とは言いながら,内容の細部にわたって新学習指導要領の実施をせまるというやり方は,「移行措置」の範囲を越えたものと言わざるをえない。以下,問題点をまとめてみたい。

特別活動の指導に当たっては,新指導要領第5章の規定によるものとする。
 ※入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。

「日の丸・君が代」の強制に問題あり!

 ここに記されている国旗・国歌にあたるものは法律的には存在しない。「日の丸」「君が代」をもって国旗・国歌としているのはたんに慣習にすぎない。これらは戦前の旧体制の象徴であり,日本国憲法下の国旗・国歌としてはふさわしからざる存在である。それらの掲揚・斉唱を従来にもまして強い調子で強制してきているのカt,改訂指導要領である。今回,移行措置をもって,職場での十分な検討の余地もあたえずに,ただちに導入せよと迫っている。私たちがよって立つべき日本国憲法・教育基本法に逸脱した行為と言わざるをえない。
 文部省令にすぎない学習指導要領やそれにもとづく教育現場に対する圧力は違憲の疑いが非常に濃いものである。「良識ある公民たるに必要な政治的教養は,教育上これを尊重しなけれぼならない。」(教育基本法第8条)とある。近い将来主権者となる高校生が,無批判的に「日の丸」「君が代」を受容させられることは,正当な政治的教養に高校生がアプローチすることを妨げるものである。そもそも上意下達式の管理教育が生徒の無気力化を生み出しているという現状を無視し,一方的に注入という誤った教育方法で,偏狭な民族主義を次世代に押しつけていくことは教育的に不毛であり,真の国際化の時代に逆行するものである。

生徒の自治活動を保障しよう

 特別活動の問題点は,「日の丸・君が代」問題にとどまらない。生徒の自治活動が大幅に制限されるという,重大な問題を含んでいる。戦後の高校教育の歴史を振り返ると,生徒の自治活動が高揚した時期がいくつかあった。文部省は生徒の自治活動に対しては,戦後一貫して警戒する姿勢を取り続けてきた。したがって,学習指導要領が改訂されるごとに,自主的・自治的活動の領域は狭められてきたのである。今回の改訂においても,生徒自身の要求にもとづく自治活動という側面は切り捨てられ,単なる秩序維持のための集団活動が全体の基調となっており,集団の一員として適応できる体制順応型の人間像カt描き出されている。また,生徒会活動も,「諸活動の連絡調整」「学校行事への協力」などに活動が限定され,生徒の学校行事への主体的なかかわりを否定しようとしている。
 以上のような文部省の生徒の自治活動への介入は,国際的にみても逆行していると言えよう。諸外国では,生徒代表の職員会議への出席など,生徒を学校運営に参加させている例がいくつかある。私たちは,先進的な諸外国の例に学びつつ,生徒自身の要求にもとづく自治活動の組織化に向けて取り組む必要があろう。

  1. 職業教科に「課題研究」を設けることができる。
  2. 普通教科にも「その他の科目」を設けることができる。その科目の名称,目標,内容,単位数等については,設置者が定める。
  3. 普通科にも情報,職業,技術などに関する「その他特に必要な教科」とその関連科目を設けることがてきる。その教科・科目の名称,目標,内容,単位数等については,設置者が定める。

「課題研究」は問題解決の能力を育てるか?

 今回の改訂で,職業学科に「課題研究」が新設された。「(1)作品製作 (2)調査,研究 (3)実験 (4)産業現場における実習 (5)職業資格の取得」(工業の場合)をその内容としている。異質の内容領域で構成され,何をどう教えたらよいのか,中身のはっきりしないものを4月より導入することについては,現場からの強い反発がある。「課題研究」が資格検定のための受験準備に使われ,目標にある「問題解決の能力や自発的,創造的な学習態度を育てる。」ということから大きく逸脱することが予想される。こうした,教える中身がわからないものを,移行措置の名のもとに4月1日から現場に定着させようとする文部省の意図は理解しがたいものがある。現場に相当な混乱がもたらされるであろう。

普通高校にも多様化政策

 もう一つの問題点は,普通科における「その他の科目」「その他特に必要な教科」である。これらの教科・科目は新多様化政策の「新しいタイプの高校」「特色ある高校」などコース制を導入するための教科・科目という点である。神高教では,普通科で学ぶ高校生にも職業技術教育が必要であると主張してきた。しかし,受験体制を温存したまま,特定の高校にだけ特色をもたせるための教科・科目であるならば問題がある。「新しいタイプの高校」「特色ある高校」というのは,文部省が戦後一貫しておこなってきた能力主義政策の一つであることは言うまでもない。1980年代の新多様化政策は,普通高校の多様化という形で進行している。高校増設運動などによって普通高校が新設され,文部省のねらいは普通高校を能力別に再編することに力点が置かれるようになった。学校間格差を生み出している現行の学区・入試選抜制度を改善しようとはせず,「新しいタイプの高校」「特色ある高校」を作って学校間格差を隠べいしようとする文部省の姿勢には,「能力は遺伝によって決まっている」という政府・財界・文部省に一貫して流れている独特の能力観が色濃く反映していると言えよう。
 私たちは,「高校三原則」(男女共学・総合制・小学区制)の理念を追求し,多様化政策=能力主義政策に対抗してきた。「課題研究」「その他の科目」「その他特に必要な教科」のもつ問題点を分会レベルで十分討議し,慎重な対応が必要である。

  1. 学校においては,各学年の課程の終了の認定については,単位制が併用されていることを踏まえ弾力的に行うよう配慮するものとする。
  2. 学校においては,卒業までに修得させる単位数は定めるが,卒業までに修得させる教科・科目はさだめなくてもよいものとする。また,普通科では「その他の科目」「その他特に必要な教科」に 関する科目の修得単位数は,合わせて20単位まて卒業までに修得させる単位数に含めることができる。
  3. 定時制・通信制に在学する生徒が入学前に,大検規程の受験科目について合格点を得ている場合には高校の各科目の単位を修得したとみなすことができる。

「単位制の弾力的運用」には大幅な教員定数が必要

単位制の弾力的運用という視点は,高校中退者を大量に出している現状をみると有込な手段の一つと言えよう。新制高校のスタート時点ではすべての高校が単位制を前提としていた。しかし,教育条件面の不備から,やむをえず学年制をとってきたということは,あらためて確認すべきことである。中退者を大量に出している硬直した学年制に対して,単位制の弾力的運用は緊急避難として必要な側面があろう。
 しかし,なぜ中退者が大量に出るのか,その根本の原因を探る必要もあろう。受験学力によって選別され,極端な学校間格差がある現行制度の中では,中退者は必然的に生み出される構造になっている。文部省のように,その根本にメスを入れず,弾力的運用を言うのは無責任以外の何物でもない。まさに能力主義による切り捨てなのである。
 もし,単位制の弾力的運用を図るなら,現行の教員定数・施設では,生徒に対して十分な教育を保障することは不可能である。しかし,移行措置では教育条件については全く触れられていない。このことは,現行の学区・入試選抜制度=能力主義政策はそのままにして,中退者問題に対する国民の批判をかわそうとしていることの現れである。

教育課程の編成は生徒の学習権を保証する立場で

(教科)(単位数)
国 語  9
社 会  10
体 育  9
数 学  5
理 科  5
 計  38
 二点目の卒業単位数は定めるが,履修教科・科目は定めなくてもよいというのは,国民的教養の切り捨てである。1947年4月に文部省が発表した「新制高等学校の教科課程に関する件」において,「国民の共通の教養として,これらいずれの課程を修めるにしても,次の単位はこれを必ず修めるようにする必要があろう。」と述べ,国民の共通の教養という考え方を示した(左図参照)。しかし,国民の共通の教養という考え方は,財界主導の能力主義政策の中で,後退を余儀なくされるのである。進学率が向上し,国民的教育機関となった現在の高校教育こそ,国民の共通の教養という発想が必要なのではなかろうか。このような国民の共通の教養を切り捨てる愚民政策に対して,生徒の学習権を保障する立場で教育課程編成がなされなければならない。

定・通高校は単位認定機関ではない

 また,定時制・通信制の生徒を対象に大検の合格科目を単位として認定できるようになる。これは学習の過程を全く無視したものと言えよう。学習活動は,単位修得だけが目的なのではなく,履修した中身が問われるものなのである。大検科目を安易に認定することは,定時制・通信制高校を単位認定機関化するもので,定時制・通信制教育の破壊を意味し,勤労青少年の学習権を否定することにつながるのである。
 以上のような,新たな能力主義政策について,分会レベルで十分な学習を積み重ね,その本質を見抜いていく必要があろう。

 移行措置の問題点について,いくつか問題点を指摘してみた。どうしても「日の丸・君が代」の問題のみがクローズアップされるが,新学習指導要領の全体像についても十分な認識が必要であろう。戦後の能力主義政策の中で,新学習指導要領がどう位置付けられるかという点も忘れてはならない。分会レベルで徹底した学習が必要であろう。